2011年04月15日

<東日本大震災>被災者にモヤシの豆を無料郵送 深谷の農家



埼玉県深谷市新井のモヤシ農家、飯塚雅俊さん
(47)が、東日本大震災の被災者に

モヤシの豆1袋を、無料で郵送する活動を
始めました。

水と容器があれば1週間ほどでモヤシに育ちます。
食料にもなりますが、飯塚さんは

「生命力の強いモヤシの成長を見ることが、
少しでも被災者の希望になれば」と期待を込めます。


飯塚さんは数年前から、消費者にモヤシを
知ってもらおうとイベントなどで豆を配り、
家庭での栽培を勧めてきました。


送るのは1袋50グラムの豆と栽培マニュアル。
ビンやペットボトルなどの空き容器に豆を入れ、

水を注いで育てると、1週間で7、8倍の量に
なります。


飯塚さんは「大変な状況でも育つのがモヤシ。
被災地では生鮮野菜は手に入りにくいだろうし、
モヤシならカップめんにも合う」と話します。


対象は、希望する被災者、または被災した知人に
送りたいという人。

申し込みなどは飯塚商店(048・571・0783)。

 一週間で7〜8倍とは早く成長しますね。
 被災者に元気を与えてくれるといいですね。

posted by ルビー at 01:20 | Comment(0) | TrackBack(0) | 震災 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月10日

「4000円」で発売したらバカ売れ「放射線測定カード」


使い捨ての「放射線測定カード」が
売れているといいます。

ネットで検索すると、ショップによっては
売り切れていて入荷が4月中旬から下旬
というものもあります。

「お一人様10枚まで」と枚数制限している
ところもあります。

福島第一原発事故以降、ガイガーカウンター
(放射線測定器)が売れていると話題に
なりましたが、

このカードは4000円程と買いやすく、
自分の被ばく度がわかることが人気の秘密らしい。

■「だって放射能は怖いじゃないですか」

東京秋葉原にある電子関連の雑貨ショップを
のぞいてみると、

米国製の「RAD Triage」と書かれたカードが
冷蔵ボックスに入れられ販売されていました。
価格は税込み3980円。

購入した都内在住の男性サラリーマンに話を聞くと
「ガイガーカウンターは大げさだが、これは手軽。
だって放射能は怖いじゃないですか」と話しました。

この「RAD Triage」というカードはどんなものか、
説明書を読んでみると、ポケットや財布に入れて
持ち歩く放射線測定器で、

自分が立っている場所の放射線濃度を測る、
というよりも、例えば3か月くらい持ち歩き、

自分がどれくらい被ばくしたかを知るという
使い方が一般的。

カードに付けられたセンサー部分の色が、
ガンマ線、X線、β放射線などに反応して変化し、
その変色具合によって被ばく量が判断できます。

大きさはクレジットカードくらいで、
約20mSvから反応し、計測積算線量は
20〜10,000mSvとなっています。

■ガイガーカウンターよりも実用的

「RAD Triage」の販売代理店
ステラ・ホールディングスの嶋瀬宏社長に
話を聞くと、同社が販売を始めたのは
1週間ほど前のことで、

ほとんど宣伝しなかったにもかかわらず
翌日に100枚売れ、これまでに数百枚
売れているといいます。

ガイガーカウンターが安い物でも数万円する
ことに対し、4000円程度で買えること、

また、その場所がどれくらい被ばくしているか
を調べるガイガーカウンターに比べ、

自分自身の被ばく度を知ることができる「実用的」
な製品であることが人気の要因ではないか、とし

「原発事故以降に放射能に関する様々な情報が
 飛び交っていますが、

このカードを使うことによって不安を取り除きたい、
そんな方々が購入しているのだと思います」
そう嶋瀬社長は話しています。

 4000円で、正確に被ばく量がわかれば、
 安心できますね。
 
posted by ルビー at 00:45 | Comment(0) | TrackBack(0) | 震災 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月06日

「仙台平野に巨大津波」16年前に警告本 仙台の郷土史家



「仙台に巨大津波が押し寄せる恐れがある」
と16年前に警告を発していた郷土史家がいます。

津波の歴史を研究し、対策の充実を訴えていた
仙台市宮城野区の飯沼勇義さん(80)。

東日本大震災の大津波を目の当たりにし、
「行政も住民も危機管理が不十分だった」
と悔やんでいます。

飯沼さんは元公立学校教諭。教壇に立つ傍ら
歴史書をひもとき、仙台平野を襲った過去の
巨大津波を研究してきました。

869年の貞観津波は国府多賀城の城下を襲い、
多数の溺死者を出しました。

1611年の慶長津波でも仙台平野は一帯が冠水。
津波は現在の太白区長町4丁目周辺にまで押し寄せ、
薬師如来をまつる「蛸薬師」の由来にもなりました。

飯沼さんは「仙台平野は180〜200年の周期で
大津波が起きている。

次の大津波は、いつ来てもおかしくない」
と警告していました。

1994年に宮城県と仙台市に対し、
3階以上の鉄筋コンクリートビルの建設、
防潮林の充実など対策を講じるよう陳情。

95年には「仙台平野の歴史津波 巨大津波が
仙台平野を襲う!」(宝文堂)を出版しました。

飯沼さんは「津波被害が出るのはリアス式の
三陸沿岸で仙台の沿岸に大きな津波は来ない、

という根拠のない安心感が、行政にも住民にも
あった」と振り返ります。

震災後、飯沼さんが出版した本は再評価され、
インターネットには「津波を予言した内容」
という書き込みも見られます。

飯沼さんが暮らす宮城野区蒲生のアパートも
津波で壊滅的な被害を受けました。

身を寄せる避難所で飯沼さんは「歴史は繰り返す。
震災を教訓に、津波対策や避難誘導のシステムを
早急に構築するべきだ」と語っています。

 飯沼さんの警告をしっかり聞いて、
 津波対策をしていれば、もっと
 被害が少なくなったでしょうね。
posted by ルビー at 00:45 | Comment(0) | TrackBack(0) | 震災 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする